事務局より

事務局通信 2013年

平成25年12月号

▼如水会の名前の由来

本誌10月号でお約束しました、澁澤栄一翁が大正8年9月29日の如水会館開館式で話された、如水会の 名前の由来(抜粋)をご紹介いたします。澁澤翁80歳の時です。これは平成15年11月に発行された最後の会員名簿(冊子)にも紹介されておりますが、それ以降はWEB名簿になったため、なかなか目にする機会がありません。

満場の諸君。本会の出来ましたに付いて、其名称の撰定を委員諸君から御委託を受けまして、君子交淡如水と云う礼記に在る文字から採って如水会が宜しくは無いかと申上げまして、即ち今日此如水会開館式を挙げることに相成ったのであります。
実は水と云うものは無味淡泊なので俗に水のようだと言って居る。殊に商業界に努力なさる諸君が、唯々淡として水の如しでは、物足らぬように思わるゝ方もあるかも知れぬのであります。如何にも礼記の本文に、君子交淡如水、小人交甘如醴とある、其醴で無く極くサッパリとして如水だとのみ理解すると、如水会は水のよ うで力も無く味も無いものになりはせぬかとのお疑いは尤もなれども、私が水の如しと命名したのは単に礼記のみに依ったのではないから、茲に水に付いての愚説を申述べて見たいのであります。

既に孔子も知者楽水と云うことが論語の雍也篇に在ります。即ち、知者楽水。仁者楽山。知者動。仁者静。である。同じく論語に、子在川上曰。逝者如斯夫。不舎昼夜。此水だ、洋々滾々として流れて已まぬ、何時までも常住不変であるというので、所謂意味深長なる賞讃の語であります。是等は、前の淡如水と云う位のものでは無かろうと思います。支那人の水に対する説は其辺でありますが、私は明治四十二年に亜米利加を旅行しまして、イサカ市に於てコロネル大学を参観した時に、総長のホワイトと云う人の司会で午餐の饗応を受けました。此午餐会のホワイト総長の演説が今尚耳に残って忘れませぬが、即ち其水でありました。勿論学校でございますから酒の用意が無い、酒が無いから殊更水に賞讃の辞を加えたのかも知れませぬけれ共、此老人余り演説は雄弁では無いようでございましたけれ共、所謂立案が実に巧みでありまして、水に対する効能を各方面から述べました。凡て物は水なしに生存が出来るか、発展し得るかと云う事を詳細に例証して、是は植物に付いての水である、是は動物に付いての水であると、頻りに水を褒めた後に今日の珍客に対して此水を以て祝盃と致すのは何と諸君も喜んで下さるであろうと言うたから、会衆が狂するが如くに拍手致しました。ホワイト総長が水を賞讃した言詞は今悉く記憶しませぬけれ共、実に説き得て妙でありました。

私は尚水に付いて二三申添えたい事があります。孟子に、今夫水。摶而躍之。可使過顙。激而行之。可使在山。是豈水之性哉。其勢則然也。とあって、是は水の本性で無かろうけれ共、水は左様な力を備えて居るものである。人の性の激しく発動する時も左様であると云うて、告子と云う人の性に善不善なしという説を駁する時、水に喩えて人の性を論じたのである。遉がに孟子の雄弁で好く水の性を論じて居ります。如何にも水は或場合には滂沛として金城鉄壁をも破ると云う力がある。水は左様に激する者であるが、又春の日の麗かに風の静なる時はそれこそ平準水の如く聊かの小波も揚らぬで、春和景明。波瀾不驚。上下天光。一碧万頃。と范文正公の岳陽楼記に在る如く洋々として、春先きの長閑なる有様を形容してあります。斯様に水の動静変化を叙し来らば、何ぞ啻に淡如水と云うに止まるものでは無いと御了解下さるであろう。即ち諸君の経営せらるゝ商業の有様が其通りでありますまいか。限りなく米価が騰貴するは或は水の激して山へ昇るの有様と見ることが出来ます。又平準に復する時は猶水の本性を其処に現わします。故に商業の経営に付き偶々此水を激させる事もありますが、多くは水をして極めて平和に本性を尽さしめるのが諸君の執るべき処である。

果して然らば此如水と云うことは、決して唯々淡泊平易の意味を以て此会館に名づけたので無いと云う事を御了解下すって宜かろうと思うのであります(拍手)。即ち如水と云うは、左様に水が平和にして又変動有る物と云う心持であります。諸君の御事業が左様に平和にして左様に変動あるものとしますれば、無論其激して山に昇り、搏って顙を越すと云うことは本性で無いから、成るべく平静たらしめたい、即ち春和景明、常に平準を保維して激浪風濤の水たらしめぬように御心掛なさる事を希望しまして、私の此演説を終ります。(拍手喝采)

水に関しては多々名言があります。鴨長明『方丈記』にある「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」は動的平衡を見事に表わしていますし、黒田如水が遺したと言われている水五訓も考えさせられます。新年会は東京、関西ともに山本亘苗大阪支部長原作「三つの如水の物語」を神田蘭が講談でご披露いたします。お楽しみに。(事務局長)

平成25年11月号

▼如水物産ネットスタート

本誌2012年2月号、10月号の本欄で中間報告致しました「如水物産ネット」がいよいよ本年10月よりスタートしました。昨年8月に実施致しました異動調査の際、ご応募頂きました会員の中から、先ずは何らか物産に関係のある30数社を掲載させて頂きました。如水会ホームページで地域別、分類別に一覧することが出来ます。因みに、分類別は酒、調味料、麺類、海産物、菓子類、茶、衣類、小物、サービス・飲食、旅館、ゴルフ場、美術工芸となっております。地域別でも北海道から四国・九州まで広範囲にわたっております。

ここでご紹介するものは、会員がご実家を継ぐか、ご自身で起業されたものや、会員のご実家が行っている事業です。会員の皆さんが、ご出張やご旅行の際、または通信販売等でご利用頂き、会員間の相互扶助につながればと思います。ただし、お取引内容については、如水会は一切関知致しませんので、商品の不具合や金銭的な問題が発生した場合、当事者間でご対応をお願い致します。

我々が日常、支部活動に参加させて頂いている範囲でも、まだまだ掲載してほしい事業が多々あることが分かります。自薦、他薦とも大歓迎ですので、多くの情報をご提供頂き、会員の相互扶助、支部活動の更なる活性化に繋げたいと思います。ご協力宜しくお願い致します。

▼文化連合OBOG連絡会(仮称)

2012年に発足した「体育会OBOG連絡会」は、2013年8月に第2回を開催しました。当初目的とした「現役学生支援のノウハウおよび活動状況を相互確認、共有化することにより、学生支援強化に繋げる」はOBOG各位のご協力で、それなりの成果が得られつつあると関係者は実感しています。今後も継続してまいりますので、宜しくお願い致します。

一方、この動きを文化連合会にも応用させようと、文連の委員長、副委員長(共に学生)と2度にわたり会合を待ちました。文連に所属登録している団体は体育会の38より多く46あります。今年の新歓活動も上々とのことです。先ずは体育会同様、各文化部とOBOG会の実態を把握する必要があります。今回、文連の学生が中心となって実施したアンケート結果を、11月末までに分析し、来年二月にでも連絡会開催に漕ぎつけたいと考えております。

現在使用しております如水会のロゴは、もともと会員章の図案であり、大正15年、会員同志間の目印たるべき会員章の図案が募集され、60有余の応募作品の中から、15年専門部クラス会諸君が当選の名誉に博したと記録されております。母校を偲ぶマーキュリーを中心に、如水会の会名に因む水の字を意匠化したものです。原案は、地色に淡き紺青色、その中央にマーキュリーが白く浮き出ていて優美に如水の気分を表しています(昭和2年会報より)。事務局には一つだけ大切に保存されており、いまだに輝いております。

文化部には学術、音楽、芸術、趣味など多種多様な活動があります。文連の全体像がつかめますと、OBOG会からの支援強化対策、如水会同好会との連携、本部企画や支部例会での発表の可能性など、多方面にわたる活動が考えられるのではないかと期待しております。(事務局長)

平成25年10月号

▼如水会創立100周年

8-9月号の「事務局より」で、来年の会報4月号が創刊1000号になることをご報告致しましたが、実は、更なるビッグイベントが控えております。来年11月14日(金)、如水会は記念すべき創立100年となります。

如水会は大正3年11月14日開催の総会で創立されましたが、母校には既に高等商業学校学友会という同窓会組織があり、明治22年3月19日に設立されています。その後同31年1月9日、高等商業学校同窓会と改称され、同35年に東京高等商業学校同窓会に改められました。

当初は倶楽部(会館)設置に併せた如水会創立の計画だったようですが、この創立を早めたのはその前年の動きによるものと言われております。申酉事件の4年後の大正2年、文部省は再び一橋と東京帝大の経済科、商科を合併して、東京帝大内に経済学部、商学部を設け、一橋の専攻部を吸収する方針を打ち出しました。この時も、一橋は教授、学生、卒業生が一丸となって反対し、この案を阻止することが出来ましたが、一連の動きから、文部当局の意図は固いと判断し、母校を守り抜くためには強力な同窓会が必要であると、如水会の設立に踏み切ったわけです。

一方、会館は大正5年5月に工事が着手され、同8年6月30日に落成し、9月29日に開館式を挙行しており、如水会の名付け親である澁澤栄一翁(当時80歳)が会名の由来を中心に有名な祝辞を述べておられます。この内容に関しては、機会があればご紹介したいと思います。

前号の「会報創刊1000号間近」でもご説明致しましたが、如水会設立時には母校内に同窓会が存在し、その後5年7カ月の間併存し、同窓会と如水会が完全に合同一体となったのは、如水会館落成後の大正9年6月30日です。その当時の会員数は4、640人と記録されております。またこの時点で『如水会々報』第1号が発行されております。

現在使用しております如水会のロゴは、もともと会員章の図案であり、大正15年、会員同志間の目印たるべき会員章の図案が募集され、60有余の応募作品の中から、15年専門部クラス会諸君が当選の名誉に博したと記録されております。母校を偲ぶマーキュリーを中心に、如水会の会名に因む水の字を意匠化したものです。原案は、地色に淡き紺青色、その中央にマーキュリーが白く浮き出ていて優美に如水の気分を表しています(昭和2年会報より)。事務局には一つだけ大切に保存されており、いまだに輝いております。

創立100周年記念大会は大切なまた緊張する行事です。皆様のご意見を集め企画して参りますが、先ずは多くの会員が集えるように休日の平成26年11月16日(日)に、一橋講堂、如水会館二階全フロアーを確保してあります。(事務局長)

平成25年8-9月号

▼会報創刊1000号間近

来年の会報4月号は、記念すべき創刊1000号になります。この偉業に対し、多くの歴代編集委員と関係各位の皆様に厚く御礼を申し上げます。広報委員会(旧会報編集委員会)は、数ある委員会の中でも開催回数が多く、各委員にはご多忙の中、多大なるご協力を頂き、また今後もお願いすることになりますが、宜しくお願い致します。1000号では理事長・学長対談、特別寄稿、貴重資料の公開など現在企画中です。

会報第一号は、大正9年の天長節(8月31日)に発行され、そこには「本会は同窓会と合同の結果、従来の同窓会誌を改題して『如水会々報』と称する」と記されております。また明治三二年創立の横浜、大阪、神戸、上海、孟買(ムンバイ)を始め内外34支部の一覧表があり、当時から会員が五大州に雄飛していたことが伺われます。また男爵澁澤栄一閣下、成瀬隆蔵、堀光亀の祝辞が掲載されており、大変興味深いものです。

会報は当初年4回発行されていましたが、大正15年8月から月刊となり、昭和7年3月に100号に達しました。100号記念の辞として、大変力強い言葉があります―「如何なる事情の下においても如水会は永遠に溌剌たる若さを以って事に当たるであろう。それは即ち今吾人の机上に積まれた貴き記録の立証するところである。吾人はここに如水会々報第百号を発送するに際し世界各地に居住される八千の会員諸君の健康を祈り母校および如水会の万歳を祝す次第である」―当時の会員はわずか8000人でしたが、多くの会員が海外で活躍していたようです。

200号は昭和15年7月発行です。ここでは誌齢200を数えてとして「如水会は会報発行の日に成ったのではなく、其以前に同窓会あり。同窓会は明治三一年三月の創設で、会報は創立当時から大正九年三月如水会に合併するまで継続して発行され、号を重ねること一二九である」とあり、これら過去の会報は合本として大切に保管していますが、かなり老朽化しており、今回1000号記念事業としてデータ化する予定です。

300号は昭和30年3月発行で、村田省蔵理事長が「大正九年八月三一日に澁澤栄一男爵の題字を得て、如水会々報の第一号を発行してより時移り人変わっても、綿々としてこれを発行し続け正に三百号に至った。誠にご同慶に堪えない」と述べておられます。また祝300号として初めて135名による名刺広告が掲載され、これ以降新年号には名刺賀詞広告が掲載されるようになります。

400号は特別な企画はなく、500号が昭和46年12月に発行されました。ここでは記念座談会「一橋大学興隆の礎石澁澤栄一翁を語る」と会報創刊500号によせての特集が組まれております。

この様に積み重ねられてきた膨大な記録に圧倒されながら、その作業に多少でも参画出来ることに感謝しております。(事務局長)

平成25年7月号

▼如水会寄附講義と学生

如水会では現在社会実践論、キャリアゼミ、男女共同参画時代のキャリアデザイン、武道としての柔道―その技と心、の寄附講義を実施しております。また、植樹会は独自に「緑の科学」、生協は「食の科学」と理系の寄附講義を行っております。

社会実践論では、長い間夏期・冬期の最初の講義を大澤俊夫さん(27学)にお願いし、大学および如水会の歴史とその関係を話して頂きました。また学生に読ませる課題図書も大澤さんの著書『東京商科大学予科の精神と風土』を使用し、更なる理解を深めてもらうように致しました。毎回、大澤さんから学生の感想文を読ませて頂き、彼らの反応に対し安堵感とやはり大学の歴史を教えることの重要性が認識できました。

明治八年の商法講習所建学の精神、その後の渋沢栄一翁の支援、母校を守る学生、教授、卒業生の献身的な努力を通じて、真の意味のキャプテンズ・オブ・インダストリーが理解でき、その結果勉強する意欲が湧き、有意義な学生生活を送ろうと思うという一、二年生の反応は嬉しい限りです。またもっと早くこの講義を取るべきだったという四年生の感想もある意味では考えさせられます。

その後ここ数年は大澤さんのご体調の関係(今はお元気)で、不肖私が代りに最初の講義を担当しております。本年度は予想外に受講生が三百人を大幅に超え、この人数を収容できる教室がなく、窮余の一策として兼松講堂で初の講義となりました。これも歴代の講師の方々のご尽力の積み重ねのお陰だと感謝しております。講堂での授業は講師には特に問題はありませんが、学生にはライティングデスクがなくノートが取れないなど難点がありそうです。

またこれら学生の感想文から彼らの学問および学生生活に対する考え方が分かり興味深いものです。特に大学が打ち出している文理共鳴に対する反応は概ね良好といえます。彼らは一橋大学医学部(仮称)―母校を卒業し更に医学部に進学し医師となった会員の集まり―の存在に感嘆すると同時に、文理共鳴は、自ら専門領域を深く掘り下げていく理系の人々に対し、ジェネラリストとして俯瞰的に対応することができ、また理科的発想を会得することにより、社会科学の中でブレークスルーやイノベーションを起こすことができるなど、その重要性に気がつき始めております。

山内学長が唱える「スマートで強靭なグローバル一橋」は学生たちが海外留学への積極参加、文理共鳴への挑戦、リベラルアーツの重要性を意識しだした現在、徐々に具体化するのではないでしょうか。(事務局長)

平成25年6月号

▼卒業要件

昨年度から入学式典後に兼松講堂で保護者説明会が開催されております。大学の教育方針を理解して頂くと同時に、保護者にも兼松講堂の素晴らしさを体験してもらう素晴らしい企画といえます。

今年は「スマートで強靭なグローバル一橋」その教育理念の実践―として、落合副学長が説明されました。社会が求めるグローバルリーダーとは? 3月15日に開催されたワークショップでも真剣に議論されましたが、ここでは、社会的課題を発見する力、その課題を解決する使命感、教養知と専門知、それを横断する総合力、世界の人々を説得するコミュニケーション力などを有している人材として説明されました。

その実現のために、母校は学部間の垣根を低くした総合教育、ゼミによる少人数精鋭教育、寄附講義などの実学の伝統継承、如水会との深い連携などを種々実施しております。

また24年度から「アカデミック・プランニング・センター」が開設され、学生の自律的学習の促進を図り、学習環境評価を行い、学生にフィードバックすることを目指しております。25年度は「キャリア科目群」を開設し、関連科目をまとめ、キャリア教育の充実を図り、学生の豊かな人生設計を助けます。

これら全ての対策は、社会が求めている人材育成を目的としていますが、海外留学者に関しては、この数年間大幅に増加しております。如水会奨学金による長期留学は、学部生では、2011年45名、12年67名、13年60名となっております。短期を含めますと、12年は169名が留学しております。また、授業においてもブリティッシュ・カウンシルによる英語教育を必須化し、入学時と1年修了時にTOEFLで英語力を測定、3年間の試行においては顕著な成績向上を示し、特に最初は下位だった学生の伸びが大きく、底上げに繋がっているといえます。

最近の一橋大学の卒業要件は本学に4年以上在学すること、取得単位が144単位以上であること、卒業試験に合格すること、に加えGPAが1.8以上であることが求められます。GPAとはGrade point averageの略で、総成績ポイント÷総履修単位数から割り出します。A=4、B=3、C=2、D=1、F=0に、取得した単位数を乗じて合計し総履修単位数で割りますので、DまたはFを取ると大変苦労することになります。かつては単位数が揃えば卒業できましたが、GPA方式では、1年から4年までコンスタントに勉強する必要があり、賛否両論は有りそうですが、一橋大学は中教審の「学士号の質の保証が不充分」との批判に応えて、国立大学では初めて「GPA1.8」を卒業要件としました。今後の成果を注視したいと思います。(事務局長)

平成25年5月号

▼グローバル人材育成

母校は如水会および明治産業(株)、明産(株)からの寄附による海外派遣留学制度を中心に学生のいわゆるグローバル教育に取り組んで参りました。この度、母校の企画が文科省「グローバル人材育成支援事業」に採択され、平成25年度より本格的にプログラムを推進することになりました。建学の理念に立ち返り、21世紀の本格的リーダーを育成する教育プログラムになることを大いに期待したいと思います。

プログラムを成功させるための方策として、3月15日、一橋講堂会議室に於いて、「一橋大学グローバル人材推進事業キックオフ・ワークショップ」が開催されました。これは初めての試みであり、先ず大学側から取組方針が説明され、参加者(会員)にコメント・アドバイスを求めました。今回は急な要請にも拘わらず、各界から関係者が25名集まり、会場では活発な意見が出され、その関心の高さが窺えました。

更に3月29日、如水会館スターホールに於いて、商学部が中心となり、企業人事担当者、高校進路指導担当者などを対象に一橋大学政策フォーラム「グローバル人材育成推進事業シンポジウム」が開催され、約160名の聴講者(内学生10名)が参集しました。

「グローバル化の課題と人材育成」、「21世紀に学ぶ渋沢栄一」と題する基調講演の後、パネルディスカッションに移り、司会からそもそも「グローバル人材とは何か」、グローバル人材育成のため「大学が期待されることは何か」のテーマが提示されました。4名のパネリストから種々意見が出されましたが、まとめてみますと概ね次の様になります。

最近、グローバル人材に関して色々と報道されるようになってきました。それらは英語やコミュニケーション能力などのスキルを強調していますが、本来はものの考え方の方が重要であり、考えてみますと昔からその様な人材はいました…。渋沢栄一です。このことから商学部では、このプロジェクトを「渋沢スカラープログラム」と呼ぶことにしました。またグローバル化とは国境を捨てることではなく、それぞれの文化、宗教、習慣などの相互理解、即ち多様化対応であり、また自らローカルのことも併せ考える能力が要求されるでしょう。多少抽象的になりますが、世界に通用する人間としての高い倫理観、知識なども要求されるでしょう。大学の4年間という短い期間でこの様な人材育成は簡単ではありませんが、留学が不利にならないようなバックアップ制度の創設、リベラルアーツ、倫理観、考える力、発言力/行動力(パッション)などの養成が求められるのではないでしょうか。

「グローバル人材とは何か」は簡単に定義できるものではありませんが、プログラムを推進するに当たり、先ずはここをシッカリ押さえる必要がありそうです。(事務局長)

平成25年4月号

▼一橋大学基金

母校の知名度向上および社会貢献を目的として、平成20年2月に開始した大学基金のキャンペーンはあと1年を残すのみとなりました。平成25年2月12日現在の寄附受入状況は、申し込み金額で55億6800万円、卒業生申し込み人数は9226名となっております。正直なところ目標金額100億円達成は困難かと言わざるを得ませんが、目標人数1万人は達成の目途がついてきたと思われます。あと「774」名です。60歳以上が人数で60%、金額で78%を占めております。また卒業年次別応募実績の詳細は会報89頁をご参照ください。

この表をよくご覧頂くと、昭和40年と44年~63年、平成年次の皆様にいま少し頑張って頂けると充分に目標人数の達成が期待出来ます。支援会幹事団は平成17年に発足した大学財政基盤強化委員会から活動を始め、平成18年に発足した基金支援会へと移動し、今や全員だいぶ高齢になってまいりました。皆様の更なるご協力を期待申し上げ、あと1年頑張り、母校に恩返ししたいと幹事団は考えております。

また当初から募金活動に精力的に従事されてきた金田正男学長特別補佐が、3月末に定年で退職されました。長い間大学のためにお骨折り頂き、誠に有難うございました。後任には会員の関根敏正さん(52商)が2月から就任しております。皆様にコンタクトがございましたら、宜しくお願い致します。

さて、この募金活動を通じてある問題が浮き彫りになってきたのではないかと思います。学生の課外活動、特に運動部諸施設の改修、改築費用が大学予算から捻出することが困難だということです。端艇部の戸田艇庫改築に始まり、ラグビー部のグラウンドの人工芝化、空手道部の道場改築、陸上部のグラウンド改修、最近では合気道部の道場改築も具体化し、その他潜在的にまだまだ発生してくる可能性があります。これらを全て卒業生の寄附で賄うということには限界があるのでないかと危惧致します。

如水会では留学奨学金の他に、スポーツを通じての国際交流も学生に勧めており、多くの学生が海外交流試合に出掛けておりますが、逆に老朽化した施設では海外の学生を招待することも難しい状態です。この課外活動の施設改修に係る費用問題は、一橋大学固有の問題ではなく、国立大学法人全体の問題、ひいては国レベルの教育問題ではないでしょうか。これら費用は公共事業の中でも道路建設に比べたら微々たるものです。また教育上の効果も大いに期待出来るものです。この問題を国立大学法人全体の問題として考える時期に来ているのではないでしょうか。(事務局長)

平成25年3月号

▼一橋クラブ

我々如水会員は先輩方の英断により、如水会ビルを所有し、その14階に会員制クラブを運営しており、他の同窓会が羨ましく思うところです。3年前に改装し、モダンの中にも重厚さも増し、週末にはクラブ結婚式場としても人気があります。改装に際しては、会員のご要望もあり、クラス会室を充実させました。現在の構成は会員食堂(70名)、バーラウンジ(102名)、記念室東、西(各40名)、一葉、梧桐(各24名)と小部屋の青淵(8名)となっております。会員の皆様はご存じないかもしれませんが、低価格・高サービスを維持するため、収支はかならずしもバランスが取れておりません。

一方、如水会は本年4月1日より一般社団法人に移行致します。税控除の特典もなくなり、更にテナント収入も弱含み傾向の上、会費収入の増加も期待出来ません。如水会ビルも30年経過し、修繕保守費用が増加傾向にあります。運営経費は極力抑えて参りましたが、大学支援を継続するためにも、もう一度収支を全て見直す作業に入っております。一橋クラブも例外ではありません。

クラブは平成24年1月から12月まで、延べ64,400人の方にご利用頂きました。例年8月は会員の利用が少ないため、テナントにも開放しクラブの雰囲気を楽しんで頂いております。一般的な傾向として、食堂は昼食時に混雑し、夕食時は比較的空いております。一方、バーラウンジは当然夜が賑わっております。4つあるクラス会室は大小様々な宴会が開催されておりますが、最近、少人数(5名前後)の会議目的で利用されるケースが散見されるようになって参りました。このため、本来のクラス会が思うように開催出来ないケースも起っております。また料理をアラカルトで注文されるケースも増加し、スタッフが不足し、人件費増に繋がって来ております。クラス会室は10~40名規模の懇親会用に用意されたものであり、少人数のグループやアラカルトを注文される方は、食堂およびラウンジをご利用頂ければ幸いに存じます。

如水会には同好会は177、年次会は88、更にはゼミナール会もあり、これらのグループの打合せ、会議の需要も多く有ることは承知しております。従いまして、この種の需要にもお応えすべく、何らかの対応を考えなくてはなりません。これらを総合的に判断して、クラス会室は本来の目的に利用する、会議などの需要には、別途会議室を用意する、ことを基本として、健全な収支を目指し、新たにクラス会室利用基準を検討中です。皆様のご協力をお願い申し上げます。(事務局長)

平成25年2月号

▼移動講座

母校の知名度向上および社会貢献を目的として、平成3年から移動講座が開始されました。第1回は4月20日、京都で開催され、講師は当時経済学部教授であった石弘光先生、テーマは「我が国における土地問題と税制のあり方」でした。それ以降、年2回開催を基本として、平成21年6月、埼玉北支部の協力を得て、渋沢栄一翁生誕の地、深谷市で32回を迎えました。講師には、故人では、鈴木永二(理事長・三菱化成社長)、伊藤助成(理事長・日本生命社長)、速水優(日銀総裁)、高原須美子(大使)、阿部謹也(学長)、江頭邦雄(理事長・味の素社長)、など錚々たる先輩方が登場されておりました。またこの年から相乗効果を期待して、年1回は蔵前工業会(東京工業大学)と合同で行うことにし、第1回は鈴木修・スズキ会長をゲストにお招きして浜松で開催致しました。合同講座はその後、神戸、福岡、広島と順調に開催されており、所期の目的達成に加え、蔵前工業会との親睦も深まり、支部活動活性化に少しでもお役に立てたかと思われます。

一方、如水会単独講座は深谷市以降なかなか開催に漕ぎつけずにおりましたが、この度、京都支部のご協力を得て、4月21日(日)京都国際ホテルで第33回が開催されることになりました。講師は松本正義理事長と山内進学長にお願いしております。テーマは「世界を知り、未来を拓く」と題し、母校の人材育成、教育方針を大いにPRして頂こうと考えております。

移動講座を実現するためには開催地における当該支部のご協力がどうしても不可欠です。ご多忙の中での開催準備はご苦労が多い半面、支部の更なる団結、若手会員の発掘など結果としてメリットが多いとも言われております。支部の皆様、特にまだ移動講座を開催していない支部におかれましては、是非ご検討くださるようお願い申し上げます。

母校が社会貢献として主体的に開催している講演会のうち、「関西アカデミア」(年1回、於大阪)、「中部アカデミア」(年1回、於名古屋)は好評で定着し、更には昨年9月にソウルで第一回「ソウルアカデミア」が開催され、今後の海外での展開が期待されます(詳細はHQ冬号をご参照ください)。東京では「一橋大学政策フォーラム」(年3回)、「一橋大学公開講座」(年10回)、「社会学部連続市民講座」(年8回)、「一橋大学開放講座」(年6回、如水会共催)、臨時シンポジウム(年数回)他、各学部研究科でも個別に開催しており、なかなか全体像が掴めない状況です。如水会でも会員向けに新春展望などの講演会(年4~5回)、一橋フォーラム(年25回)を開催しており、今後は大学と連携し、講演の体系化を図り、有効な告知を行い、出来るだけ多くの方に聴講頂きたいと思います。(事務局長)

平成25年1月号

▼謹賀新年

新年明けましておめでとうございます。昨年を振り返ってみますと、本当に早く経過した1年間でした。大学支援関連では、「スマートで強靭なグローバル一橋」を目指して、派遣交換留学生が大幅に増加し67名となったこと、留学経験者自ら、1名でも多くの学生を海外に送ろうとHEPSA基金が創設されたことなどを中心に順調に推移したと思います。また新たに幾つかの運動部が海外遠征を企画実施したことも如水会にとって嬉しいニュースでした。

会員活動では、代議員選出を兼ねた周年記念大会が10周年から5年刻みに盛大に開催され、大先輩である27年卒の60周年記念大会も佐野書院で開催されました。今後もお元気で是非、65周年記念に挑戦して頂きたいと思います。支部活動も各地区で色々と工夫がなされ、会報記事を大いに盛り上げて頂きました。

また昨年8~9月に会員異動調査と併せ企画致しました如水物産ネットは現在集計中ですが、これを有効活用することによって支部活動の更なる支援につながるものと期待しております。更に大学体育会総務(学生幹事)と連携し、10月に「体育会OBOG連絡会」を発足させました(本誌22頁参照)。各部が情報、ノウハウを共有化し、如水会の機能を有効活用することによって、学生支援が更に強化され、円滑になることが期待されます。また以前にもご報告致しました「一橋大学医学部(仮称)」も11月に発足し、全国から21名の先生方が、ご多忙にも拘わらずご参集くださいました(会報二月号報告予定)。この様に、年級、支部、同好会とも活動が大いに活発化した一年でありました。

一方、懸案であった一般社団法人への移行は順調に認可を受け、本年4月1日より如水会は一般社団法人としてスタートします。これにより評議員制度は3月31日を以って廃止されることになります。評議員の皆様には長い間お世話になりました。厚く御礼申し上げます。またご参考までに、一橋大学後援会は公益財団法人の認定を受け、既に順調に活動を開始しております。

年が明けましたが、収入面では残念ながらあまり明るい展望が期待できない状態が予測されます。デフレ脱却ができない状況下、テナント市場も軟化しており、また食堂収入およびクラブへの来客数も頭打ちとなっております。税控除もなくなり、厳しい状況になりそうですが、如水会の原動力である会員活動が一層活性化することを期待し、収支とも更なる改善を目指し、健全な大学支援が継続できるよう尽力致しますので、会員の皆様のご協力、ご支援、宜しくお願い申し上げます。(事務局長)

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