事務局より

事務局通信 2014年

平成26年12月号

一橋大学後援会

如水会は本年11月14日に創立100周年を迎え、16日に記念式典と祝賀会を盛大に挙行致しました。この100年間、多くの卒業生が如水会を通じ母校支援事業を継続してきた伝統の重さを感じ、また感銘を受けております。

一方、一橋大学後援会は昭和31年12月、文部大臣の認可を受け、財団法人として設立され、寄附行為の目的のもと母校支援を続け、58年目を迎えました。設立の経緯は、昭和30年頃、大学発展のためには、どうしても強力な新しい財団の設立が望まれるとして、当時の井藤半弥学長が如水会村田省蔵理事長、菅礼之助相談役を始め、有力理事に諮り実現したものです。募金の目標額は、法人から1億円、個人から5千万円、合計1億5千万円でしたが、結果は法人387社、4億885万円、個人6319人、6589万円、合計4億7474万円と目標額の3倍を超えました。「一橋大学学制史資料」には、「まさに、募金関係者の母校を愛し、己を捨てての尊い奮闘と努力によるものであり、後援会が存続する限り、これらの方々のお骨折りを深く銘記せねばならない」とその感激が記されております。

平成16年4月、国立大学が独立法人に移行する前は、母校に寄附しても、それは全額国庫に入ることになり、寄附する意味がありませんでした。従って、それまでの大型支援は如水会が特定の目的を以って都度当局の承認を得て「募金会」を設立し、建造物または特定の目的として寄附しておりました。

法人化した全ての国立大学は、毎年交付金の1%削減と16年に自己申告した6年間の中期経営計画の実施状況により交付金が増減する厳しい状況におかれました。後援会は、母校の強い要請により、一般事業費の支援を従来の年間4千万円から1億円、その後計画終了の21年度まで6.5~7千万円を支援致しました。その結果、15年度約10億円あった正味財産は21年度末には約5億円に減少致しましたが、その後はこのレベルを維持しながら、通常の支援に努力しております。後援会は平成24年4月、公益財団法人に移行致しました。

一方、特定事業は、学生の運動部/文化部の活動拠点の整備、物品の充実などを支援する課外教育振興基金、学問風土育成基金、植樹会基金、大学史編纂基金、HEPSA基金などに大いに利用されております。寄附金には税の優遇措置があり、個人の場合、所得控除または税額控除を選択できます。大学基金共々、母校および後輩の支援のために、一橋大学後援会を大いにご利用頂きたいと思います。     (事務局長)

平成26年11月号

▼如水会創立100周年記念

いよいよ11月16日(日)、如水会創立100周年記念式典と祝賀会が開催されます。式典は母校が平成24年5月に再取得した一橋講堂で行います。今回は内輪で行うこととし、来賓は母校一橋大学の山内進学長と如水会の名付け親で大恩人である渋沢栄一翁の曾孫である渋沢雅英・渋沢栄一記念財団理事長のお二人です。
如水会は現在約3万4千人の会員がおり、18歳から100歳超までの幅広い老若男女で構成されております。式典も学生から始まり、OB・OGの皆さんにご協力頂き、手作りの式次第となっておりますので、行き届かない点がございましたらご容赦ください。

今回100周年の記念事業は、如水会の定款を念頭におき、母校への特別寄附とすることが理事会で決まりました。26年度の収支から捻出できる5千万円を、母校が改築または新築予定の建築物に利用してもらい、その建物の中に「如水会創立100周年記念」が何らかの形でメモリーされるように大学に依頼済みです。当日は理事長から学長に目録が贈呈されます。式典の締め括りはお馴染みの神田蘭氏の講談「如水会の100年」で、そのままスターホール、オリオンルームでの祝賀会へと流れます。

考えてみますと「100年間」は長い年月です。如水会100周年の場合は、ただ単に年月が経過した訳ではなく、大先輩方が必要に応じ、都度母校を支援し、会員のためには、例えば城(如水会ビル)を築き、今日があります。この100周年を記念すべき通過点として祝し、若い世代に次の100年を託したいと思います。宜しくお願いします!(事務局長)

▼100年を振り返る

記念式典では、如水会の100年を振り返る映像が解説を付けて上映されます。これはまさに手作りの作品で、大学の歴史を踏まえ、如水会の活動の記録を隅々まで検証して完成しました。伝承され記録されている事件や事象をその原典に戻って事実確認する作業が続きましたが、これには元一橋大学副学長の田﨑宣義氏及び一橋大学学園史資料室の大場高志氏に多大なご協力ご助言を頂きました。誌面を借りて改めて御礼申し上げます。
式典の進行上、20分程度に纏めるため、残念ながら割愛せざるを得なかった部分もありますことをご了承ください。作品はDVD化し、国内外の各支部の他、関係先にお届け致しますので、式典にお越しになれない会員の皆様、是非、ご視聴くださいますようお願い申し上げます。(事務局部長FT)

平成26年10月号

▼発足3年目

「体育会OBOG連絡会」と「如水医人会」(一橋大学医学部(仮称)より改称)が発足後、今年で三年目を迎えました。「体育会」の方は、去る8月25日、既に総会を終えましたが、各部同士の横の連携が着々と進み、情報の共有化による学生支援の強化という所期の目的が達成されつつあるとの思いを更に強くしたところです。過去、如水会ゴルフ同好会として開催しておりました体育会運動部ゴルフ対抗戦(故茂木啓三郎理事長杯争奪)も、この連絡会が継承し再開されることとなり、更なる連携の強化が期待されております。

一方、「医人会」の方は、11月22日に総会を開催する予定です。母校を卒業した後、他校の医学部で学び医師免許を取得し活躍している方々で構成されている会ですが、会員数は現在、80名を超えました。この会の会員からは、母校への貢献、如水会への恩返し等の声も多く、既に「如水会寄附講義・社会実践論」での講師もお務め頂いておりますが、今回は、総会の前に如水会員を対象に受講料無料の講演会を行うという嬉しい企画を考えてくれており、発足後三年目を迎えて、こちらも素晴らしい会へと発展してきております。講演会については、如水会HPの「会員から会員へ」をご参照ください。(TT)

▼深谷にて

事務局長の名代として、熊谷での埼玉県北支部総会にお邪魔しましたが、開会が夕刻でしたので深谷市まで足を延ばしました。如水会創立一〇〇周年を迎えていることもあり、渋沢栄一翁の旧跡をひととおり見て回ろうとした訳です。ところが、折からの富岡製糸場の世界遺産登録により、同製糸場設立を計画した渋沢翁の他、その従兄で師でもあり、同計画に当初から携わり、初代場長となった尾高惇忠、および、煉瓦等の資材調達を取りまとめ、建設の指揮をとった韮塚直次郎を深谷出身の偉人たちとして、地元は大盛り上がりとなっていました。中でも、同市血洗島(ちあらいじま)の旧渋沢邸「中の家(なかんち)」では、これから渋沢翁の説明会が始まるからとボランティアに熱心に誘われましたが、時間の余裕がなく、大変残念ながら参加することができませんでした。

ちなみに、「中の家」というのは、渋沢一族は分家して数々の家を興しましたが、各家の位置関係に由来するとのことです。また、渋沢翁の言う「恐ろしげなる村名」である「血洗島」の由来には諸説があり、利根川の氾濫により「土地が洗われる」または「土地が荒れる」の他、赤城の山霊または八幡太郎義家の家臣が片腕を切られ、この地で洗った等があるようです。いずれにしても、改めて充分に時間をとって「中の家」を再訪し、手作りと思われる説明を聴いてみたいと思っています。(FT)

平成26年8-9月号

▼渋沢栄一と如水会

如水会創立100周年記念第86期一橋フォーラム21「渋沢栄一と如水会」は、6月25日に第3回を迎え、佳境に入ってまいりました。
6月4日の泉三郎さん(34経)による「波乱万丈の俄かサムライと欧州体験時代」から始まり16日は島田昌和先生(文京学院大学)による「合本キャピタリズムと人材育成」、そして25日はそのものズバリ「渋沢栄一と一橋、如水会」のテーマで田中一弘先生(平2商)が熱く語りました。

当日配布された資料の関連年表を参照し、昭和4年、6月25日は何があったかご存じでしょうか、との聴講者への質問から始まりました。当然誰も分かりません。先生も全く偶然であるとして、この日に旧如水会館で如水会主催の渋沢翁卒寿祝賀会が開催されたとのことでした。

同年表によりますと、渋沢翁は公式だけでも母校、同窓会、如水会に数多く臨まれております。明治31年、高等商業学校同窓会が設立される以前は、母校の卒業式に7回参列されております。設立以降は、母校には卒業式と一橋会に臨まれ、同窓会では還暦祝賀会、懇親会などで演説をされております。特に明治42年、申酉事件以降はほぼ毎年、母校、同窓会で講話や演説を行っており、明治43年には同窓会で米国からの帰国歓迎会が行われております。

大正6年から8年にかけて、母校で修身特別講義をされており、8年9月29日に、如水会館開館式であの有名な命名演説をされております。この演説は大変奥が深いもので、本誌2013年12月号でご紹介致しましたのでご参照ください。また今回、如水会の命名に関して、初代理事長の江口定条が語ったという命名の裏話が田中先生よりご披露されました。実はもう一つ命名の候補があったというものです。

今回の86期フォーラムは、100周年記念ということもあり、如水会の恩人たる渋沢翁に関するもので、多くの会員の皆様にお伝えするために、本誌11月号に全5回の講演要旨を掲載致しますので、命名の経緯を含め、ご期待くださるようお願い致します。

【訂正】
本誌6月号で、本年度の母校入学女子比率が過去最高の27%になったとご報告致しましたが、次のように訂正させて頂きます。
よく言われている25%の壁ですが、これは一般入試で合格する女子比率で、今年度も25%です。一方、入学者全体の女子比率は、帰国子女および外国人留学生の女性を含みます。帰国子女、留学生とも女性の比率が高く、この比率が27%ということで、過去では平成14年度の30%が最高になっております。(事務局長)

平成26年7月号

▼グローバル教育

如水会及び明治産業・明産が提供している海外留学奨学金を利用し、1年間の長期留学をする学部生が急増しております。平成23年までは年間40名弱でしたが、24年は67名、25年58名、今年は72名と過去最高となり、目標の90名は近々実現するものと思われます。

留学志願者数は平成23年の52名が26年では112名と倍増しており、学生の留学意欲の高まりが感じられます。留学経験者の総数も800名を超え、自らHEPSA基金を設立し、後輩たちをバックアップする体制も出来上がりました。
提携大学もヨーロッパ22、北米6、中米1、オセアニア5、アジア14の合計48校と充実し、協定枠も110名となっております。この傾向は中期目標に基づき、平成23年から大学が実施しているグローバル教育推進計画が軌道に乗ってきたことによるものと思われます。

グローバル教育の中心となるのが、英語コミュニケーション能力の向上、カリキュラムの国際化と教育評価、学生の国際交流の推進、の3点です。 具体的には平成25年度から1年生の「英語コミュニケーションスキル科目」の必修化、入学時と1次終了時にTOEFLで英語力を測定、その結果、特に最初のTOEFL得点が中下位の学生の底上げに繋がっているとの評価が出ております。

また英語で教授する科目も大幅に増加し、語学科目57、専門科目71の合計128科目あり、全体の20.2%を占めており、特に商学部では33.8%と高くなっております。留学プログラムでは、上記交換留学制度に加え、夏、春の短期語学研修制度を設け、毎年300人程度を派遣する計画になっております。本年度は2月から3月にかけて100名をモニターとして、アメリカ、イギリス、オーストラリアの3カ国の9教育機関に4週間派遣しました。

帰国後のアンケートでは、75%がとても意義があったとしており、特に異文化理解・国際感覚、友人、視野の広がり、コミュニケーション力・自信などが挙げられております。また当然ながらTOEFLの成績は出発前より伸びております。更に、1年間の留学に挑戦しようとの意欲が高まったとコメントする学生も多くおります。これを踏まえて、今年の夏は200名を派遣することにし、既に437名が応募してきております。

一方、外国人留学生受け入れも徐々に上昇し、平成25年は702名、学生総数の11%、学部では5.26%、234名で、東工大の187名、東大(文系)の150名と比較し、国立キャンパスは外国人留学生が多くなっております。 (事務局長)

平成26年6月号

▼最近の学生事情

本年度の母校学部入学者数は、男子738名、女子274名、合計1012名で女子の比率はついに過去最高の27%になりました。
首都圏(東京、埼玉、千葉、神奈川)からは617名と相変わらず多く、61%を占めております。
また4月9日現在、新入生の如水会入会状況は、553名(54.6%)で昨年と同比率ですが、終身が194名と増加しております。因みに、今年三月卒業生の入会状況は、727名(76.0%)で 昨年と同様、高率になっております。最近は学生の入会が好調で、将来に向けて明るい材料となっております。

ところで、最近の学生は一橋に限らず、ほとんど偏差値で大学を決めております。そのため一橋の場合、有り難いことに学生は優秀です。しかし、入学しても自分が学ぶ大学の歴史、教育憲章などを知らないのが実情です。そこで6年前より如水会寄附講義「社会実践論」の冒頭に「大学の歴史と如水会」と題して『東京商科大学予科の精神と風土』の著者、大澤俊夫先輩(27学)に講師をお願いしてまいりました。受講生は例年200名超と好評を博しており、昨年は300名近くになり、教室の手当てが出来ず、初めて兼松講堂で開講する事態となりました。

この数年は私が代りを務めており、講義終了後、全員に感想文を書いてもらっています。そこからは商法講習所として開校した建学の目的と精神、士農工商の残滓の中での商学の苦闘、申酉事件、籠城事件の背景を理解したことが窺われます。また昭和10年の白票事件に興味を持つ学生が多いのは注目に値します。

このように母校の歴史や、教授および先輩達が尽力されてきたことを理解することにより、1年生の場合は次のような感想が大勢を占めます。

「母校の歴史と如水会の支援を知り、自分も一橋生としての誇りを持ち、一橋の校風を意識しながら勉学に励む決意と共に、卒業後は如水会の一員として母校、後輩の支援を行うつもりだ」。一方、四年生は「卒業前にこの話を聞けて良かった。一橋大学と如水会の歴史を学ぶ機会はこれまでなく、なぜ如水会が海外留学や就職支援をしてくれるのか疑問だったが、今回の受講で理解出来た。今後は後輩が訪ねて来た時に、恩を返したい」などです。ほかの感想文もなかなか手応えがあり、中には感動するものもあります。

更に、心強く感じるのは、感想文から、国際化対応、リベラルアーツ、文理共鳴の重要性に彼らが気付いているのがわかる点です。学長の掲げる「スマートで強靭なグローバル一橋」の実現は夢ではなさそうです。(事務局長)

平成26年5月号

▼一橋大学基金

平成26年3月31日をもって、一橋大学基金の第二期募集期間が終了致しました。これに伴い、7年間にわたる募金キャンペーン活動は終了し、「一橋大学基金募金支援会」も解散致しました。

支援会委員の皆様、またボランティアで活動された幹事会の皆様、ご協力、ご尽力誠に有り難うございました。今後は、大学基金運営委員会が第二期報告書を作成し、7月24日に如水会館で開催予定の「感謝会」で報告することになっております。

振り返りますと長い道のりでした。平成16年、国立大学が法人格を有する「国立大学法人」となり、運営交付金の削減が徐々に実施され、全ての大学に自助努力が要求されることになりました。その厳しい環境の下で、大学の更なる発展と飛躍を図るためには、当然のことながら、財政基盤強化が急務になりました。

その年の10月、如水会理事会で石弘光理事(当時学長)および清水啓典理事(当時副学長)からこの目的のために、「一橋大学基金」およびそれを支援する「キャプテンズクラブ」設立が提案されました。これを受けて11月の理事会で承認、設立された「大学財政基盤強化委員会」(委員長:菅澤武彦当時副理事長)で対策が検討されました。 その結果、寄附は大学の基金運営委員会が中心となって行うが、如水会が設立した「募金支援会」(会長:江頭邦雄当時理事長)が全面的に支援することになりました。一方、キャプテンズクラブに関しては、如水会との二重性が否定できないとして見送られました。

募金支援会は平成18年12月発足、翌年から直ちに活動を開始し、第一期終了時点(23年3月)では、44億8千万円の申し込みがありました。目標の100億円に未達のため、更に3年間延長し募金活動を継続致しました。平成26年3月7日現在、関係者のご努力により、総計約65億円、寄附された卒業生は10、112名となっております。それ以降もご寄附は続いており、最終的には更に増えるものと思われます。年代別寄附実績は、70歳以上三九39%、65~69歳12%、60~64歳7%、50~59歳16%、40~49歳13%、39歳以下13%となっており、金額的にも70歳以上が55%を占め、やはり高齢者の割合が高くなっております。卒業生の個人寄附平均額は18万円弱で他校に比較し多くなっております。

キャンペーンは終了致しましたが、通常の寄附、例えば一般寄附、遺贈、寄附講義、共同研究等は従来通り受け入れます。また基金は恒久的なものであり、募金目標額100億円は継続し、早期達成を目指すとともに、150周年募金への準備も大きな課題となっております。(事務局長)

平成26年4月号

▼Terrace Mercurius

如水会ビル3階の通称「ルーフ・ガーデン」、「三階庭園」は、松風の間の借景に、夏はビアガーデンとして利用されております。改築後30年が経過し、この度防水更新工事に併せて床や植生も大改装致しました。夏に開催される如水会100周年記念ビール大会は新たな雰囲気でお楽しみ頂けると思われます。

ご存じと思いますが、庭園の奥には母校校章由来のマーキュリー像のレプリカがあります。昭和57年の如水会ビル改築時に建立されましたが、今回の改装を機に正面に移動し、皆様の前に登場頂くことになりました。
このブロンズ像の原作は、フィレンツェのバルジェッロ国立博物館所蔵で16世紀彫刻の大傑作と言われています。ローマ神話の商業・学術の神Mercurius(英語名Mercury)で、手に持つ小杖に2匹の蛇が巻き付き、頭頂と足首に翼があります。蛇は英知をあらわし、世界の動きに敏感であることを、翼は世界に天翔け五大州に雄飛することを意味しています。

明治中頃に、制服制帽が制定され、母校の徽章を制定するに当り種々意見があり、何年何月に制定されたかは確たる記録がないようです。有力な説は、明治20年、アントワープ高等商業学校出身の教師、Arthur Marischalと教頭成瀬隆蔵の発案で高等商業学校への昇格を記念して制定されたというものです。「CC」は一般の商業高校と区別される「高等」を示すCommercial Collegeの頭文字から来ております。当時のアルバムには確かに正帽にこの徽章が見られます。

第二次大戦末期には、外国語、外来語の使用が禁止され、当然一橋のシンボル「マーキュリー」にもおよび、代案がなく一般大学と同様の「大學」が校章と規定され、予科/専門部は金鳩の下に剣と桜が描かれている奇妙な図案が採用されることが決定されました。しかし学生は猛然と反対し、当時の資材不足もあって、これらの校章は大量に製作出来ず、最後までマーキュリーを使用出来たと記録にあります。

マーキュリー像を正面に移動するに当り、この三階広場の正式な呼称を決めたいと思っております。三階の和食レストラン「橋畔亭」は以前単に和室と呼ばれておりました。平成16年に改装した際に「橋畔亭」とし、各部屋にも「武蔵野」、「国立」、「多摩」とそれぞれ母校を連想させる名前を付け、皆様に親しまれてまいりました。この度、この空間を「Terrace Mercurius(テラス・メルクリウス)」と名付け、一階の「Terrace & Pub Mercury」は「Cafe & Pub Mercury(カフェ・アンド・パブ・マーキュリー)」に改称したいと考えております。改装なりました三階の空間を是非一度ご覧ください。(事務局長)

平成26年3月号

平成26年2月号

▼創立100周年

如水会創立100周年にあたる平成26年は、1月8日の如水会員新年会で盛大に幕開けされました。記念式典は11月16日(日)、母校の協力を得て、一昨年返還された一橋講堂で開催することが決まっております。式典の後は、如水会館2階を全面的に借り切って懇親会を開催致します。

これからの1年間の予定をご参考までにご連絡致します。先ず会報4月号が1000号にあたることから、学長と理事長の対談を始めとし、4月号から11月号まで、7回にわたり会員の皆様に会報1000号あるいは如水会創立100周年に対する思いを綴って頂き連載致します。

6月~7月の一橋フォーラム21は如水会の生みの親である渋沢栄一翁と如水会に関するテーマを取り上げる予定です。会員および大学からも協力を得て素晴らしい講演会を実現したいと思います。渋沢栄一記念財団からも支援頂けることになっております。

8月には、改装された如水会館3階のルーフガーデンを借り切り、昼夜2回に分けて大々的にビール大会を開催致します。個人およびご家族は勿論、支部、年次、ゼミ単位で参加出来るように企画致します。最近は支部主催のビール大会開催が困難になっており、是非この機会をご利用の上楽しんで頂ければ幸いです。

9月には、100周年記念講演会(講師未定)を計画中です。また11月9日(日)、一橋講堂に於いて一橋大学兼松講堂レジデントオーケストラ・国立シンフォニカーによる水に因んだ「水上の音楽」の演奏会を企画しております。今回の演奏会にあたり、同講堂に於いてコンサートが可能かどうか音響の確認が実施されました。プロ奏者四名が実際に演奏し、ホール内、ロビー、入口での音漏れがないことが確認され、今後の同講堂の利用範囲が拡大されたことは嬉しい限りです。

また各支部で100周年記念企画がございましたら、早めにご連絡下さい。出来る限りご協力申し上げます。これを機に各支部合同で地区ブロック大会などを開催されましたら、大いに盛り上がるものと思われます。如水会創立一〇〇周年に遭遇出来た幸運を大切にしたいものです。

▼英訳一橋会歌

100周年のネタ探しに昔の如水会々報を調べていましたところ、昭和27年10月号に興味ある記事を発見致しました。我らが高唱する「一橋会歌」に英訳があるとのことです。それには会歌が出来た直後、一橋会英語部の斡旋で一四番までの全文がロイド先生によって英訳され、原詩に勝る麗筆であると紹介されております。またハイゼ先生による独訳もあったようですが、残念ながら手元にないとのことです。「Association song of the Hitotsubashi Kwai translated by the late Prof. Arther Lloyd, M.A.」。次号でご紹介したいと思います。(事務局長)

平成26年1月号

▼謹賀新年

新年明けましておめでとうございます。度々ご報告致しておりますが、今年は如水会創立百周年です。また会報四月号は千号になります。二重に記念すべき年となっております。

如水会は大正3年、母校を守り抜くために設立されました。如水会の定款には「一橋大学の目標と使命の達成に協力し、広く政治経済、社会文化の発展に寄与するとともに、会員相互の親睦、知識の増進を図ることを目的とする」となっており、他の同窓会と大きく異なるところです。ご参考までに創設以来の主なる母校支援をご紹介致します。

  • 大正6年、一ツ橋構内に御大典記念図書館を建立、母校に寄附。
  • 昭和2年、兼松商店創始者の兼松房治郎を記念して、同商店が「兼松講堂」を建立し、母校に寄附、残金で「一橋講堂」を建設。
  • 昭和15年、各務鎌吉氏の寄附により、経済研究所の前身である「東亜経済研究所」を開設。
  • 17年、「東京商科大学奨学財団」を設立し、当時の母校経費の九年分に相当する寄附金を集める。戦時中における如水会最大の事業。
  • 25年、財団法人の認可を受けた「一橋ファンド」を設立、戦後の母校発展の基礎づくりに貢献し、昭和31年、これに代るより強固な財団として「一橋大学後援会」を設立。今日に至るまで母校後援の中核的存在となる。
  • 38年、磯野長蔵氏の寄附により、国立本校に「磯野研究館」を建設。
  • 51年より母校創立100周年募金を行い、目標を大きく上回る13億円で図書購入、構内環境整備、学術奨励金として母校に寄附。
  • 62年から海外留学奨学金制度を開始し、その後、明治産業、明産の協賛を得て「一橋大学海外留学奨学金制度」として整備し、現在毎年70名前後が長期留学。
  • 平成元年から卒業祝賀会、平成3年から新入生歓迎会を主催。
  • 平成4年、外国人研究者の宿泊施設として、「如水ゲストハウス」を竣工、大学に寄附。
  • 14年に佐野学長より寄附された佐野書院は老朽化が激しく、平成6年、新たに建て直し母校に寄附。
  • 平成11年、母校創立125周年を記念し、10億円を投じて小平に「如水スポーツプラザ」を建設。
  • 平成14年から募金を開始し、9億円を投じて兼松講堂を復元改修、空調を含め機能を全面的に近代化。同時に四億円をかけ戸田艇庫を建設。
  • 母校の一橋大学基金・目標百億円達成に、如水会は募金支援会(奥田碩会長)を設立し、全面的に募金活動を支援。

以上の建築物、募金の他に、今や学生も会員であり、社会実践論、如水ゼミ等の寄附講義、ゼミ補助、国際交流助成金など直接学生に向けた支援も行っております。百周年を迎えるに当たって、皆さんのご協力のもと、母校支援を更に充実させたいと思います。(事務局長)

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